ぼくらがスマホに監視される日

関口 悟

 全国で一日に200~600名近く感染者が発見されるなど、新型コロナウイルスの猛威が収まらない。政府は5月からスマートフォンの所有者同士の情報交換機能を使った、新型コロナウイルス感染行為追跡システムを試験的に動かすという。その概要と問題点、ぼく自身の考えを書いてみる。

システムの利用希望者が専用アプリをスマホに入れることで、人口密度の高い場所などで、感染が疑わしい者との濃厚接触があった場合に専用アプリに通知が来るというもの。日本版の原型は、シンガポール政府保健局が開発・運用し、自国民に利用を呼びかけている「トレース・トゥギャザー」だ。これまでに50カ国以上が関心を示している。

日本版が本家「トレース・トゥギャザー」と異なるのは、あくまで民間団体であるコード・フォー・ジャパンが日本版を開発し運用することだ。政府はあくまでコード・フォー・ジャパンの活動に協力するだけという立ち位置だ。

 政府の立ち位置は、スマホ内の個人情報を政府が利用することへの批判を薄める狙いだ。2020年4月20日付の朝日新聞デジタルによれば、内閣府の平将明副大臣は「国が音頭をとって(個人の)情報を持つことはない。事業者から個人のデータをもらうこともない」と個人情報保護を考えたシステムだと強調する。果たして平副大臣の言う通りになるのか。ぼくは日本版アプリを自分のスマホには入れたくないし、誰からの要請でも入れたくない。

政府によれば「今回のシステム導入の目的は、新型コロナウイルスの感染拡大で、地域の保健所等が感染の不安を持つ住民の対応に追われて、まるで進んでいない濃厚接触者に対する確定診断の専門機関などへの依頼といった業務を支えることだ。日本版で使うスマホアプリの利用は任意で、アプリの利用者には感染が疑わしい者との濃厚接触したリスクをいち早く知ることができる利点がある」という。

日本版「トレース・トゥギャザー」の仕組みを示す。

  • 専用アプリを入れたスマホ利用者たちが、人口密度の高い場所や近距離で一定時間以上接触し合うと、スマホの専用アプリが利用者それぞれの情報を匿名でお互いに送信し合う。
  • 同じ場所で一定時間以上密度の高い接触をした専用アプリ利用者たちの誰かが、新型コロナウイルスの感染が疑わしいことが分かると、その場所にいた感染の疑わしい者を含めたスマホ利用者全員の専用アプリに、感染が疑わしい者との濃厚接触の可能性だけが通知される。
  • さらに感染の疑わしい者に対しては、それに応じた医療情報も提供される。
  • 感染が疑わしい者以外の専用アプリ利用者に対して、感染の疑わしい者との詳しい接触情報は個人情報保護のため通知されない。

ぼく個人としては、日本版を導入する前にPCR検査の民間への委託や、人工呼吸器・人工心肺の追加購入等の感染症病棟への設備整備支援の強化、感染症専門医への資金・学習面の支援など、検査・治療体制を充実させることを優先させるべきだと思うが、日本の政府はそう思っていない。

この種のシステム開発で他国より先行したシンガポールでは、スマホ利用者が「トレース・トゥギャザー」の利用開始時に、専用アプリ利用者のスマホ内の個人情報が政府に渡ることへの同意を求めていて、政府による個人情報侵害を懸念する声が強く、登録者数もシンガポールの人口(約570万人)の中の約5分の1に当たる約100万人に過ぎない。

これは専用アプリ利用者への新型コロナウイルスの感染が疑わしい者に対する通知において、感染が疑わしい者のスマホの専用アプリに残っている、感染が疑わしい者以外と接触した者全員の記録を政府に提出させて、感染が疑わしい者と接触した者全員に電話で詳細を通知するという、個人情報侵害とも言えるパニック抑止と危機管理優先の手段をとっている。シンガポールは自国民の行動に強い制限を付ける時限立法が即座に作れる国だから、ここまでやれる。しかし、シンガポール政府保健省は「この登録者数では感染が疑われる者の発見すら出来ない」と懸念する。

その上、同じようなシステムはシンガポールだけでなく、世界各国で開発や運用が始まっていて、米国でもグーグルとアップルが共同でシステム開発を進めていて、日本版もグーグルとアップルが共同で開発した機能を取り入れる予定だ。

あくまで「コード・フォー・ジャパンに協力するだけ」とする日本は、世界中でこの種のシステムが出来ていく中で、今後このシステムにどう関わるのか。そして、日本版で発見された新型コロナウイルスの感染が疑われた者たちのデータをどう使うのか。

ぼくの好きな海外ドラマのひとつに「CSI:サイバー」というのがある。2015年と2016年の2年分しか製作されなかったが、現代の米国を舞台にFBIサイバー部門の面々が、インターネットの闇の中を暗躍するハッカーたちによる、ネットの脆さをついたハッキングやストーキング、密室殺人、違法薬物の裏取引といった、一般市民が犠牲者になったネット犯罪を捜査し解決するドラマだ。もし、今も作られていたら、米国版「トレース・トゥギャザー」も取り上げられていたと思う。

 あと、ぼく個人が思うことは、ワクチンや治療薬開発はいたちごっこに過ぎないということだ。インフルエンザウイルスやエイズウイルスでもわかるように、ウイルスはワクチンや治療薬への耐性を付けて変化していく。その度に新しいワクチンや治療薬を開発できるのか。新たなワクチンや治療薬を作ろうとすれば莫大な時間と開発費を要する。そしてワクチンや治療薬ができたとしても、それは国民皆保険制度を崩壊させる高額な薬になる。ぼくらがこれから考えるべきことはウイルスの根絶ではなく、適切な距離を保った形での共存ではないのか。

日本でも既に外ですれ違ったスマホユーザー同士で自動的に情報交換を図る仕組みは、ゲームアプリや出会い系アプリ等で使われており、今、導入が進められている日本版「トレース・トゥギャザー」が、日本のスマホ利用者に受け入れられるかどうか、そして、このシステムが本格稼働した後の影響を注目したい。