思い入れの深いものほど、買うときに周囲の共感を得られない

関口 悟

 今、このコラムを読んでおられる皆さんの中で、表題に書いたような経験をされた方はいらっしゃるだろうか。

 ぼくは周囲の人たちに過去の浪費癖を知られていることもあり、その人たちの協力を得て、過去の浪費癖が引き起こした問題を解消する過程で、どうしても欲しくて注文した商品やサービスの購入を諦めたことが何回もある。商品やサービスに対しての価値観は人それぞれ。ぼくが思い入れや必要性を感じていても、周囲の人たちにそれを共感してもらえるわけではない。

愛知県碧南市で、地場産業のひとつである鋳物製品を生産する石川鋳造(株)が自社のノウハウを生かして作り上げた「おもいのフライパン」[1] も、ぼくが購入を諦めた商品のひとつだ。「おもいのフライパン」は、石川鋳造(株)が「鋳物の熱伝導率の良さは調理器具に最大限に活かせる」という思いで、これまで手がけていなかった一般消費者向け商品として開発に着手。調理時の食材の安全性に着目し、一般向け調理器具では必須とされる、食材をこびり付かせないためのコーティング加工をしない完全無塗装の鉄製フライパンとして、2017(平成29)年7月に発売された。

一般市場で売られている家庭用フライパンよりも厚く、重く造られており、熱伝導率や熱源を切った後の保温性が高く、調理する食材の良さを引き出す優れた性能や、完全無塗装による安全性、業務用として酷使するに耐えうるほどの耐久性があるが、生産規模の関係もあり、一般の販路を通さずにメーカーである石川鋳造(株)からの直販に絞ったこともあり、発売後、商品の性能や品質が高く評価されてからは、注文から納品まで三年以上待たされるという密かな人気商品となった。しかも生産規模を拡大し、納期を30日~60日までに大幅短縮し、製品のバリエーションを4種類に増やした現在でも20cm径で11,000円(税込)する。

商品名の「おもいのフライパン」の「おもい」には、このフライパンを造った職人の「思い」・このフライパンを購入し食材を調理する人の「想い」・フライパン自体が「重い」こと等がかけられている。さらに「おもいのフライパン」は愛知県碧南市のふるさと納税の返礼品にもなっている。

調理器具として極めて優れた素性を持つとは言え、購入手段がメーカーである石川鋳造(株)のホームページを通じての直販に限られ、一般消費者向けのフライパンとしては高級輸入品並みの高額[2] であり、かつ注文してから納品までに一定の時間を要するこの商品を購入する人たちは、ぼくを含めて相当な食へのこだわりがある人たちだけだろう。

思いの外、「おもいのフライパン」に割く字数が多くなったが、実際にこの商品を注文して一年近く待ってやっと納品という段階で、今回のコラムの最初に書いた理由で購入をキャンセルせざるを得なかった悔しさは、今でも心の底に澱のように沈んでいる。

もちろん「おもいのフライパン」以外にも同様に注文したものの購入をキャンセルせざるを得なかった商品はたくさんある。

ぼくの過去の浪費癖が引き起こした問題を解消した代償として、少なくともあと五年ぐらいは新規の分割払いは組めないし、クレジットカードも作れない。障害年金をある程度貯めて、それで高額な商品を買うしかないだろう。外部スピーカーを設置する際に、前に倒れて画面がひび割れたままの液晶テレビもあと数年はそのままだ。

今の自宅に引っ越してくる際に使い続けるはずだったドラム式洗濯乾燥機も、排水ホースの出す方向を変えようとして、劣化していた排水ホースが脱落したことがきっかけで、洗濯乾燥機本体そのものの老朽化を指摘されて使えなくなってしまった。

築50年で建て替えに至った前の自宅にはランドリールームがなく、以前から洗濯機はベランダに置かざるを得なかったが、それはくだんの洗濯乾燥機には良くなかったようだ。買った当時で20万円以上したものだけに、どうにか使い続けられないかと思ったが、それがかなうことはなかった。くだんの洗濯乾燥機のメーカーも別の大手に買収されて家電事業から撤退し、既に修理や部品の入手が不可能になってしまっている。

家電量販店のホームページで最新の洗濯乾燥機の価格をみると、縦型でも25~35万円する。しかも無駄に大容量で、「AIお洗濯」や、スマホアプリとの連携、洗剤・柔軟剤自動投入[3] といった付加機能が多すぎる。ここまで来ると年金をいくら貯めても新しい洗濯乾燥機を買うのは難しそうに思えてならない。

 つまりは「浪費癖をやめて自分の身の丈に合った生活をしなさい」と言うことなのだろう。新品の洗濯機を買うにしても、容量4~5kgで2~3万円の全自動洗濯機を買うしかない。独り暮らしにはこのぐらいの容量で十分で、あとはベランダや部屋干しで十分だと思われるのだろう。

 正直、少し悲しい気もするが、もう浪費癖が陥る地獄は経験したくない。


[1]
「おもいのフライパン」公式サイト: https://omo-pan.net/

[2]
国産品の相場は2,000円以下、仏ティファールですら3,000円程度。これらのホームセンター等で売られる商品は、食材が触れる調理面をフッ素コーティングするのが当たり前になっている。

[3]
洗剤や柔軟剤の詰め替え用パックを、洗濯乾燥機内のタンクに入れておけば、AIが検出した洗濯物の量や汚れに応じて、洗剤や柔軟剤の最適な量を推測し自動投入する機能。